マイツの小部屋

陰キャのための音楽ライフ

執行猶予の時を生きる

そんな感じなんです。最近。

一日の仕事を終える。ふぅ、これで明日の朝までは生きられるぞ。

金曜日の夜を迎える。ふぅ、これで土日の二日間は生きられるぞ。

これくらいなら良いんですが、まだまだ私の癖は止まりません。

 

冬の朝。布団から出たくないですよね。一分でも長く寝ていたいですよね。

これが私の場合は不思議なムーブが始まります。

なんとなく、めちゃくちゃに早く起きてしまう。

そして朝ごはんを食べ。

あれこれと支度をして。

仕事へ出かける服装に着替え。

そしてリビングで目を閉じる。

なんだそりゃ?

自分でもよく解らないのですが、仕事へ出かけるまでのひと時、その猶予の中で目を閉じて、一瞬意識が混濁する瞬間がたまらんのです。

更に更に。車に乗っていざ発進しなければならない時間...の5分以上前に車に乗り込み、暖気しながら一曲分くらいの時間をまた楽しむ。

まるで訪れる苦痛へのチキンレースかのように。「これから来る苦難」に対して「少しだけ与えられている猶予」をじっくりと噛み締めていするのです。

 

これ、良くないですよね。めちゃくちゃに後ろ向き。

輝く何か、楽しい何かに「向かっていく」のではなく。

ゆっくりと、確実に迫って来る終わりの方をチラ見しながら、まだ残されている人生をちまちま味わう。終わりを「待っている」ような生き方。

とはいえ、誰もがいつかはこんな段階に来ますよね。

 

今ならまだお金に若干の余裕がある。だからまだ生きられる。

今ならまだ五体満足で体は動く。だからまだ生きられる。

今ならまだお布団から出られる。だからまだ生きられる。

今ならまだ心が折れずに居られている。だからまだ生きられる。

それがダメになる瞬間に怯えながら、日々をもぞもぞと生きて行く。

 

まだどこかで、そんな自分に引け目を感じている気がします。

これが私の人生だ!別にいいじゃん、なんか文句ある?と心から言える日が来たならば、すっと雲が晴れるような気もするし、そうなってしまったらもう戻れないような気もする。

そして、そんなことを考えている場合ではない時が、いつか来る。

ちゃんと、誰にでも、来てしまう。

ああ、やっぱり執行猶予の時間やないか!