マイツの小部屋

陰キャのための音楽ライフ

ちょっしたグッズで子供のようにはしゃぐ夜

本日、帰宅するとAmazonで注文した物が届いていました。車の中にスマホを固定するホルダーと、社内で充電出来るパーツ。

こんなやつね。どこにでもある普通のやつ。

とはいえ、帰宅するなり梱包を開け、車の中でここに付けるか?こんなのはどうだ?とあれこれ試してセッティング。

スマホをカーナビ的に使うためのセッティングでして。その内遠出して遊びに行こう!という知人との約束もあって、まるで久しぶりにおもちゃを買ってはしゃぐように、ちょっとしたワクワクタイムを過ごしたのでした。

 

 

ここ数年に色々なことが有りまして。

以前はカーナビもETCも普通に付いている普通車に乗っていたのだけれど、今現在はその車は手放してしまい、ナビもETCも付いていない軽自動車に乗っております。

成り行きでそうなっただけで、今後車を買い替える日も来るかも知れないし、特別な喪失感なんて感じる必要もない出来事ではあるのだけれどね。

 

大切なものを失って、自分の年齢も重ねて行って。

以前から触れているとある小説の「ひとは生まれてからどんどんと新しい物を手に入れて行き、折り返してからはひとつひとつ手放して行くものだ」という一節に妙に納得してしまって。

車やらカーナビやら、一時的に手放しただけなのに、それらを使った「幸せ」すらも未来永劫手放してしまったような感覚が少しだけありました。

 

こうやって、遠出は出来なくなって行くんだな。

どこかへ出掛けたり、旅に出たり、そうやって楽しい想いをするのもなくなるのかな。

なんて。

 

一度手放してしまった物でも、たまにはもう一度手に入れちゃおうか。

 

今後、会社勤めをするためには必要だ、みたいなある程度の必要性にもかられながら。

スマホで最低限のナビを使えるようにしたり。

スタッドレスタイヤを用意したり。

ってことはまだ何年も乗るんだから、今更でもETCも付けておきますか。

 

一旦手放して諦めた物を、少しずつ取り戻して行く。もちろん戻らない物も山ほどあるけれど、それでも...ちょっとでも楽しいと思える方向へ、進みたいものですね。

 

ってかね。

プラグに差し込んだソケットが、まっ暗闇の社内で青く光り輝くだけのことで、こうも謎にテンションが上がるなんてね!人間なんて、かくも単純なものなのですね。