マイツの小部屋

陰キャのための音楽ライフ

チラシの裏_009 ライブハウスに舞い降りたメタルの女神

あれは、暑い暑い夏の日。

久しぶりに訪れた渋谷。まぁ長い時間電車に揺られ、オシャンティーな都会と人の多さに、年甲斐もなく「おのぼりさん」状態だった。

真っ昼間の渋谷を、良い歳した大人が、マイナーなバンT来て闊歩するなんて、陰キャ陰キャなりに良い度胸してるよなぁ、と自分でも思う。

 

まずはタワレコは外せない。今の時代に国内外のCDをジャケ買い出来る幸せに溺れて散財し、ヴィレヴァンに行っては店員さんが自分のバンTと同じバンドグッズを身に付けていて大興奮し(その日、渋谷でそのバンドのライブがあったから、お店としての対応だとは思います)。

高層ビルのてっぺんで食事をとる。道行く人の多さと裏腹に、建屋の中って意外に現実的な人の密度なことを不思議に感じる。

 

田舎者の上京。当然泊まりだ。ライブに備えて早々に宿にチェックインし、階下の喫茶店でお洒落なイチゴミルク系のシェイクみたいなアイスドリンクを嗜んで一息。

夜を待ち、満を持してライブハウスへ向かっていく。O-WESTの方だったろうか。

 

 

この日は対バン企画。自分の中で大好きなバンド同士が対バンするという夢のような日だった。ざっくり言うと、ベテランバンドと若手バンドの対バンになり、客層も老若男女様々だった。

自分はいつもの通り、一番後ろの壁際付近に陣取る。よほどの満員御礼のぱんぱんライブでない限り、ライブハウスは最前列を先頭に人の塊が出来て、一番後ろの壁際に沿ってずらりと集合エリアが出来て、その間に自然と通路的なスペースが生まれる。

 

このちょっとしたスペースでライブを楽しむのがいつものパターン。

この日は平日の18時開場、19時開演という感じ。開演を待ちながら連れと話していると、二人の女性が入場して来た。

歳頃は20代後半。仕事終わりに来たのであろう、出で立ちは都会の企業戦士だ。なんとなく聞こえてくる話声から、仕事の同僚のような雰囲気。

雰囲気から伝わる仕事ぶり...きっとこの人たちは仕事が出来るなぁ。愚痴というよりも議論みたいな、「出来る人」オーラがとんでもない。

 

東京を絵に描いたような、びしっとしながらも、整えられた長い髪は女性感たっぷりの端整な出で立ち。ライブを前にドキドキそわそわする自分と違い、会社の休憩場所で談笑しているかのような落ち着き様だ。

きっとライブ馴れしているんだろう。仕事終わりに駆けつけるくらいだ。こうしてライブに参戦するのは日常で、何度も何度も足を運んでいる、歴戦の勇士のような貫禄さえ感じさせる。

 

 

そしてほどなく開演。オープニングのSEと共にバンドメンバーが現れ、必殺のヘヴィメタルが繰り出された時。

 

そこに、メタルの女神が舞い降りたのです。いや、舞い上がったのか?

 

ヘドバン、という行為をご存知であろうか。音楽に体を任せ、体を、頭を強く振り回す行為。当然、長髪の女性が行えば、その髪が大空を舞うわけで。

それは天女の羽衣か、はたまたメタルを駆る獅子の舞か。本当に激しく、美しく、二人の女性の長い髪が、都会の女性のほのかな薫りと共に舞い踊るのである。

 

しかし、ちょっと待って欲しい。

確かに若干の人混みの隙間はある。けれど客の入りはかなり良い。隙間とは言っても、その広さは皆さんの想像よりもかなり狭い。そんな中で、「髪が舞う」ほどのヘドバンなんて、そうそう出来るものではない。

 

最前列での猛者達は、そりゃあもう最前列に集まるくらいだ。お互いが接触し合うのなんて承知の上。全力でヘドバンをすることもあるだろう。

また、客の入りに余裕がある会場等では、ヘドバン全開で暴れたい猛者があえて後方に下がり、広いスペースで縦横無尽に音楽を楽しむ姿を見かけることもある。

しかし、今回のライブはそんな空きスペースは無い。

 

よく見ると、この二人のヘドバンは只事ではないようだ。

 

首から下は全く動かない。自由に動けるほどのスペースは無いからだ。そして二人の頭は、隙間・通路に沿って一定の方向にのみ振られているのである。

二人の長い髪は、まるで人混みの中をかき分けてすいすいと進むように、その場の人達の合間を綺麗に縫うように振り乱される。

少し後方に居る自分にも触れることはなく、ほのかな残り薫を残すのみだ。

 

更に更に。初めから少し気になっていた。この二人組、妙に離れて立っていたのである。開演前から人が密集し、待機用の音楽も鳴っている場所だ。雑談をするからには、知り合いの二人はより近い距離に来るであろう。

その二人の間に絶妙に開けられた間。これは二人が存分にヘドバンをするために開けられた、恐らく長年の付き合いで築き上げられた絶対領域

 

仕事終わりに駆けつけ、その日のライブ会場の形、観客の入りと配置を観察しながら、自分達がヘドバンをする上での最高のポジション取りを、この二人は仕事の議論をしながらやってのけていたのだ。

 

まさかこの二人...円を使えるな?ノブナガかよ。

 

 

対バンの先手を取ったバンドが二人の推しだったのだろう。前半戦が終わると二人はポジションを変えて更に後方に移り、後半戦はヘドバン無しでじっくりとライブを楽しんでいらっしゃった。

 

マジで歴戦のライブの女神達。あまりに洗練された動きに尊敬を覚える。

自分は幸い、ライブに住む魔物、つまり迷惑行為的なことをする輩には出会ったことが無い。ライブに住む魔物のにも注意ではあるが、中にはこんな女神もおわすことを、覚えておいていただきたい。