マイツの小部屋

陰キャのための音楽ライフ

『have to』と『want to』の狭間

先日少し書かせていただきましたが、はてなブログを初めて一年が経過しました。

当初の目標は毎日更新。無理にでも、毎日更新することによって何かが得られないか?と思って自分で始めたことでした。音楽の話は個人ブログに移した今も、トータルでは毎日更新を目安に進めている今日この頃。

 

「毎日更新」のもたらす物を、あらためて考えこんでいるところであります。

 

やって良かったとは思うし、得た物もあるけれど。

いつまで続けるのか?このままで良いのか?

結構な時間を費やして来たことも事実。この時間を別のことに使った方が良いのではないだろうか?なんて事も考えたり。

 

 

今書いているこのブログは正に雑記。ふと思ったことを書き連ねており、「書きたい!」という衝動の思うがままに書いております。正に「want to」なモチベーションなのですよ。

一方で、はてさて毎日更新しなきゃだし、何について書こうかなぁ?と思惟を巡らせながら頑張って書く記事は「have to」なモチベーションと位置づけてみます。最近、音楽の話を書いているブログが結構こちらで...時に「頑張って書こう」としている自分に対して「?」が浮かんだりしています。

 

こうした物事は、どちらが〇でどちらが×で、という単純な物ではなく、常にバランスとグラデーションの問題。ひとりひとりの事情に応じてそれぞれが「自分の必殺の匙加減」を見付けるべきである。という結論に行きつくことは目に見えています。けれども、思考を巡らせてしまうのは悲しい性。

 

書きたくないのに無理に書いて何になるの?その時間は人生として面白いの?

積極的にネタを探して考えることで、あらたに気が付くことだってあるはずだよ。

仕事でもないのだから、書きたい時に書けばいいじゃない。苦労する意味が解らない。

コツコツ積み上げたことは、いつか必ず何等かの財産になるよ。

 

どれもこれも納得。ひとさまに強制されているわけではないのだから、「have to」とは言え発端は「want to」。まるでトレーニングや食事管理ですよね。

 

自分の目的と願いのためにトレーニングすると決める。けれど、トレーニング行為自体は中々にしんどい物です。

食事管理のために「これを食べるぞ!」と考えて、自分が望んで「低カロリー高たんぱく」を食べるとしても、本能のままに食べたい物は、高カロリーなジャンフードだったりするでしょう。

 

「have to」と「want to」は違う...けれども違わない?...けれどもやっぱり違う。

 

いや、好きにやりゃぁいーじゃないか、という話ではあるのだけれど。この2つの事柄の差異や取扱は、結構重要なポイントではないかと思えて来るのです。

「must」は避けて通れません。食べて寝なければ生きて行けませんからね。

「want to」も解りやすいですよね。これのために生きる、とも言えるでしょう。

その中間に鎮座する「have to」。この子をどう見つめるか、どう付き合うかでQOLは大きく変わって来るような気がします。

 

とても辛い「must」と考えていた物事は、実は「have to」かも知れない。

「want to」と思い込んで夢中になっていた物は、実は「have to」かも知れない。

「have to」こそ、実は一番どうでも良くて、実はやるもやらないも自由で、実は一番優先順位は低いのかも知れない。

 

やらなきゃなぁ...やらなきゃだよなぁ...なんて思い悩んでいる物事なんて、ホントは大して重要ではなくて。時には勇気をもってバッサリ切り捨ててしまえば...!なんて言うと、やっぱり怖いけれどね。

自分の意思で決めたことをやり切るのはとても難しく、尊いし、価値あること...の反面で、それに縛られて人生を、本来は得られるべき幸せを、棒に振ってはおるまいか?

 

やりたいことだけやるー。

やりたくないことはやらなーい。

その判断をする自分の指針は超絶正しーい。

将来のリスクなんて、図り切れないんだから、話半分でオッケー。

そう言えるだけの胆力が...あればなぁ...

この日々は既にエンドコンテンツだー!なんて自分で言っておきながら、このざまですよ。惑わぬ日々は、未だまだ遠く...

 

 

 

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